京都迎賓館(5)2016年05月03日 06時15分00秒

和厨房。さすがに広いと言うべきか、これでも人数を考えると小さいとみるべきか。ここは今回初公開。
以前京都迎賓館での様子を写したNHKの番組を見たことがあるのだけど、その時にも写っていた。あの番組録画してたかなぁ。あったとしても見つからなければないのと同じ。

ここは桐の間。まさしく和室。24名までを和食で接待する部屋。
写真から数えるに42畳ほどか。右手には香炉とかが見える。先の和厨房はここ専用の厨房。24名分なのであの広さでも行ける。ちなみに、藤の間の用の厨房はあの地下にあるそうな。

真ん中の机は長さ12メートルにもなる。木材としては3枚合わせてあるらしいが、漆塗りとしては1枚もの。これだけの大きさのものはもちろん日本でここだけ。出来上がった時には職人さんの手が腫れ上がったという力作。

こちらは前回の展示。今回だいぶ省略されているのが解る。

前回は掛け軸は3本に生花が飾られていた。

そして手前に熨斗飾り(のしかざり)も置かれていた。
「熨斗飾り」は「めでたさと、相手への敬い、最大級の喜び」を表現するものだそうで。結納の時にも持って行ったっけ?

椅子はたぶん漆塗りで後ろには蒔絵が施されている。
手書きだからか、1脚1脚異なるそうな。

横の縁側。障子を開けると池が見える。
ちょっとこの位置からは解りにくいけど。上の写真から奥手に僅かに見えている。

ところで、ここの畳をよく見ると中央付近に色が変わった部分が見える。
これは「中継表」(なかつぎおもて)という技法で、昔い草がまだ長く成長させられなかった頃、2本を継いでこの長さにした時の名残を再現している。現在は1本でこの長さが出せるのだけど、迎賓館建築時にこの技法を持っている人が1人しか残っていなかったため、その技法を伝承するためにも迎賓館内の畳は全てこの技法にしたらしい。い草も広島県の方で特別栽培したそうな。現在では中継ぎ畳は入手しやすくなっているそうで、会館から10年経過してそろそろ表替えをするけど、入手が用意になってくれて助かるそうな。
追記:
後で見たDVDによると、「い草の一番いいところだけを使うため」と言っていた。宇草の種類の違いと最良の部分という2つの要因があるのかな。

上の椅子の後ろの蒔絵やこの釘隠しには五七の桐があしらわれているが、これは日本国政府の紋章。
明治時代から使われており、この京都迎賓館自体の紋章でもあるそうな。

桐の間手前の部屋。
実はここはお客が入る場所ではなく、芸姑さん・舞妓さんが演じる場所。最初は右手のふすまが閉じられており、ここで準備が整ったらふすまが開くという志向。その時はきり金部分も開くそうだ。

ところで、「芸姑」と「舞妓」の違いがわかるだろうか。わからなかったので調べたところ、普通は20歳前後までが舞妓で、その先が芸姑になるらしい(ただし、この世界に入った年令によって若干変わる)。
それは別として、見た目の違いは、舞妓さんは地毛を結いかんざしをつけるのに対し、芸姑さんはかつらでかんざしなどもあまり付けないのだそうで。着物も前者は色鮮やかで派手の振り袖、帯は長いもので下駄を履く。後者は黒か無地で普通の着物の帯に草履を履く。要するに若くて派手なら舞妓、落ち着いてたら芸姑と見分けられそう。
あと給金にも大きな違いがあって、舞妓はお小遣い制=給料制、芸姑は自営業だそうで。
京都には多くの舞妓・芸姑さんがいてはるが、私のような庶民ではかそのお姿に出会うことも少なく、まして遊ぶなんて絶対にないわけで、一度くらい見てみたいかも。せめて、写真の展示があればよかったなあ。
「良いではないか、良いではないか」(^_^;)

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