祇園祭後祭宵山2017(6;最終回)2017年08月05日 15時31分29秒

橋弁慶山。最初の内地図を持たずに歩いてたので見逃していて、戻ってきた。

ここは2階でご神体を展示している。
その名の通り、五条大橋での義経と弁慶の出会いを模している。

1階では飾りの展示。五条大橋。

町内には提灯を飾っている家もあって、ちょっと離れた場所から見ると良い雰囲気を醸し出している。

最後は一番北の鈴鹿山。後祭で烏丸通にあるのはこれだけ。

鈴鹿山では道路に面した場所に席を作って子供達が売り子をしている。
マイクが入ってて拡声器で音を出しているので何か音が二重になって変。ちなみに右手に見えるのは新しくなったNHK京都。

ということで、後祭の宵山であった。
今年はあんまり良い写真が撮れなかったような。いやそもそも写真下手なんだけどね。

次のネタは新潟と白馬で。

祇園祭後祭宵山2017(5)2017年08月04日 00時00分00秒

八幡山のある町中では屏風祭りが盛んである。少なくとも後祭中では一番。

これは源平合戦の鵯越の坂落としをモチーフにした物。

これが光琳百花図屏風というもので、尾形光琳が描いた物・・・ではなくて、尾形光琳の病父絵を円山応挙が写した物らしい。
なんとなく、京都迎賓館は藤の間にあるにある壁画に似てる。本当は逆だけど。

これは明治以降の物らしく印刷物らしいけど、現代の印刷とは違って浮世絵の彫摺の技術が残る木版画で趣がある。

家にも明治時代に印刷された明治大帝史とか言う本があるけど、当時の印刷は実はかなりきれいだったりする。カラーも居間に置いても色あせず実に鮮やか。いずれここにアップしても良いかな。ちょっとだけ。

八幡山。左甚五郎作と伝わる二羽の鳩が目印。
私は時々、ここで鳩の置物というか笛?を買う。今年も。で、今年は中での撮影が出来なかった。人が多すぎて奥まで入れなかったのだ。残念。昔の風情を残しているのは先の役行者山とここくらいかも。

さらに別の屏風。

現代において、これだけの屏風を飾るのは、このときだけなのかもしれない。それでも年に1度陰干しすれば長持ちするだろうね。

最後は書の屏風。明治30年と書いてある。
文章の意味も書いてあったんだけど写し忘れた。幸せな国のあり方についてだったかな。「主、聖にして天下、?、臣下が国のために?なら福である。夫が妻を信じるなら福である。」後見えないけど、妻が夫をなんとかかんとかというのもあった。まあ、そういうこと。「聖」(ひじり)な政治家なんて見たことないけどね。

祇園祭後祭宵山2017(4)2017年08月02日 00時17分24秒

さてここで、後祭の山の配置図を。
このように、ほとんどが烏丸御池から姉小路までの烏丸通より西に存在する。大船鉾だけが四条通より南にある。
エコ屋台村の位置があそこで、そこを出て今南から北へ新町通を上がりながら南観音山、そして今北観音山に向かっている。

そこからさらに八幡山までの間は屏風祭りが盛んである。これはとあるお屋敷の展示。屏風もすごいし、長刀鉾の模型もすごいし、それ以上にこの座敷の広さがすごい。

これはまた別の家。着物と屏風。
ここも広いねぇ。

そして北観音山。
ここも鉾に似た形状で、2階で祇園囃子の演奏をやっていた。

この頃から雨が降ってきてちょっと撮影が大変だった。
本降りになったり、長く続いたりはしなかった。折りたたみ傘を持って行ってたので難は無かったけど。

この北観音山と南観音山は同じ祭神を仰ぐ兄弟山で、その昔(昭和とかという話じゃなくて、江戸より前)は毎年交互に巡行に参加していたそうな。今でも屋根の真ん中に見える真松を2本手配し、くじ引きかなんかで良い方をどちらかが取るんだそうな。

そういえば、もう見返りがきちんと飾られているなぁ。宵山では飾ってないところも多いのだけどね。

祇園祭後祭宵山2017(3)2017年07月31日 06時10分58秒

さて夕食。
エコ屋台村と言うところで食べる。
元小学校かな。京都市内の小学校は統廃合が進んでいて、古い小学校は軒並み廃校になっている。で、その跡地はいろいろと再利用されている。ここもその1つ。

エコ屋台村というのは、ここに出ている屋台では、共通でリサイクルできる食器を使っている、ということ。でもここの特徴はそれだけじゃなくて、京都市内の食材を使った料理が出る、ということ。
19:30。

まず食べたのはこれ。
なんとか鱧バーガー。名前撮影するの忘れてた。500円。意外にあっさりで、サクサクでおいしかった。

これだけではちょっと足りないのでもう1つ食べることにした。選んだのはこれ。ローストビーフ丼。ソースは2種類あってあっさり和風とこってりで、後者には酒粕を使っている。頼んだのはそれ。
500円。
酒粕というからもっと甘いとか酒っぽいとか思ったけど、そういう感じはない。ほかでは食べたことのない、いい感じのソース。

食べ終わって宵山歩き再開。20時。
南観音山。
南観音山は鉾並みの大きさと形状を持つ。上の座敷?では祇園囃子が演奏されている。

町内で展示されていた前掛け。何でも修繕作業のために寄付を募っているよう。動く美術館は維持も大変。

前に船屋台があって、ここでいろいろ売っている。

とあるお店にあった山鉾の模型。
ちなみに売り物。
全部あるとすれば33種類。でもここには23種類しかない(一番手前は神輿)ので、前祭分だけ?鉾は3万円ちょっと、山は2万円とすると全部そろえると50万円くらいかかるのか。金額もそうだけど、置き場所がないなぁ。

祇園祭後祭宵山2017(2)2017年07月30日 19時11分00秒

忙しかったり、体がだるかったりでなかなか更新できない。あしからず。夏バテ?

・・・

これは毎年ある幟。
279匹の鯉が描かれているそうで。

その前にあるのは鯉山、ではなく黒主山。

今年は写真写してないけど、黒主山はご神体は飾りの説明が特徴的なので聞くとよろしい。

浄妙山。
マンションの1階が展示場所になっている。最近は山鉾町にもマンションが増えており、その際にこういうところを作っている場所があるみたい。時代よのう。


浄妙山には屋根があるのか・・・と思ってたけど、巡行時にはない。
これは去年の巡行時の様子。ということは、この屋根を見られるのは宵山だけか。

鯉山。

ここはとても人気がある山で、左手に見えるうだつのところから中に入ると展示や売り子ちゃんたちがいるのだけど、並ばないと入れない。
「登竜門」が縁起なので立身出世の御利益があるので人気があるのだろうけど、それほど出生したい人が多いと言うことか。私には理解できないけどね。

こちらは屏風祭り。
近くの老舗やお金持ちが手持ちの屏風や宝を展示することをこう呼ぶ。うちにも見せられるような宝があればいいのにねぇ。フィギアの展示ならできる?ポーズとかうまくつけられないから単に置いているだけになっちゃうか。

祇園祭後祭宵山2017(1)2017年07月27日 23時32分18秒

祇園祭は後祭り巡行も24日に終わってしまったけど、21~23日が宵山だった。そして22日に見に行った。

祇園祭の宵山を回るならやっぱり後祭の方が良いと思う。後祭の山鉾が御池通に近い場所に多く家から近いというのもあるが、人が少ないのでゆっくり見て回れると言うというのが一番の所だ。

これは一番北にある役行者山。多分地図上一番北なのは鈴鹿山な気もするけど、家から一番行きやすいのがここ。
もう19時前だけどまだこれだけの明るさがある。宵山はやはりくらくなってからが風情が出るので、ちょっと早かったかも。


後祭りが人が少ないといっても、鯉山とか人気のある山では飾りの展示してあるところまで(並ばないと)入れないところもある。その点この役行者山は捨て居るのですんなり見られるし、であっても祇園祭の雰囲気はしっかりあるしでおすすめ。

子供達が、ちゃんと童歌を歌ってちまきなどを売っている山も実は減ってきている。ここはそれもちゃんとやっている。そういう意味でもここは勧められる。
ちなみにここは「♪安産と厄除けのお守りはこれより出ます」なので、厄除けは全ての山共通なので、安産が特徴的といえる。男性でも「案ずるより産むが易し」のことはあると思うので、そういうことに効く、と解釈している。

徐々に空も暗くなって雰囲気が増してきた。

こちらは鷹山。

100年以上前に山を焼失(壊れた?)してから、再建されておらず、現在はご神体だけを展示する「居祭」という形態を取っている。
しかし数年前から祇園囃子演奏を始め、今年は京都市歴史博物館でもこのご神体が展示され、京都市内では認知が上がってきている。今は寄付も募っているので、数年から10年のうちには山も復興するのではなかろうか。見てみたい。
そういえば、去年はご神体の展示してなかったような。気が付かなかっただけ?

ちなみに、第二次世界大戦後でも山鉾の復活はそこそこある。4年ほど前の大船鉾は記憶に新しいが、菊水鉾、蟷螂山、四条傘鉾などもそれほど古くない復活組である。


2017祇園祭先祭巡行(5;最終回)2017年07月24日 06時34分02秒

放下鉾(ほうかほこ)。くじ取らずの21番。
保昌山から約7分経過しての到着。

真木の中程に、街角で芸をしながら説法したという放下僧を祀っている。写真ではよく見えないけどね。

岩戸山。放下鉾からさらに18分後の通過。こちらもくじ取らず。
名前の由来は「天岩戸」。

そしてトリは船鉾。岩戸山からさらに7分後。
形が似ているだけでなく、本物の木造船と同じ造船技術を使うんだそうで。とはいえ、現代にこの大きさの木造船なんて無いんだろうけど。


ということで、前祭23基の巡行であった。時間にして約2時間。もちろんこれは全ての鉾が自分の前を通り過ぎるのにかかった時間であり、本当の巡行開始はもっと前だし、船鉾が新町御池の角を曲がるまでには多分まだ30分はかかる。その全てを見る人はいないだろうし今日は曇りでましだったけど、炎天下だと体に相当の負荷がかかるので要注意。

最後は警察が通って交通規制が解除される。

まだ残っている人も多いけど、観光バス待ちとかの感じ。交通規制が解除されるとここにバスがこれるようになるから。

私は自転車で帰ったのだけど、2時間足場の悪い場所で立ちっぱなしだったので、腰がこわばってて、「このまままたギックリ行ってしまうのでは!?」と危惧したほど。自転車乗っている間になんとかほぐれたけど。

で、この日はそうでもなかったけど、翌日にどっと疲れが出て、仕事がほとんど進まなかった、と言うのは秘密である(^_^;)。

歳だねぇ(T_T;)。

2017祇園祭先祭巡行(4)2017年07月23日 06時27分06秒

蟷螂山。「とうろうやま」だけど「かまきりやま」とも言う。作りから見て、山の中では一番豪華というか凝っているんじゃなかろうか。
その名の通り、屋根の上に蟷螂がいて、時々動く。私の前を通り過ぎるときにはほとんど動かなかったけど、拍手が上がるほど人気がある。祇園祭の山鉾の中でからくりがあるのはこれだけではなかろうか。地方の祭りに行くと山車にからくりがあったりするけどね。飛騨古川とか。

菊水鉾。

その名の通り、菊の紋が入っているし、真木柱上の方にも菊があしらわれている。
ちなみに、天皇家を示す菊のご紋とは形が異なる。

白楽天山。
この山で注目すべきは、担ぎ手がほとんど外人なこと。人手不足と言うより、多分集めてるんだろうね。外国にも開かれた祇園祭?男性なら洋の東西は問わない訳ね。

郭巨山。

保昌山。
保昌山は山鉾の中で一番南・東にあって他のからちょっと離れている。だから私もここだけは宵山で行ったことがない。一度は見てみたいんだけどねぇ。

ここから後3基なんだけど、間が開くので時間がかかる。

2017祇園祭先祭巡行(3)2017年07月22日 06時33分55秒

ちょっと忙しくて滞ってしまったけど、続き。もう後まつりの宵山が昨日から始まったけどね。ということで、急ぎ残りを。

月鉾。
この写真では見えにくいけど、真木柱先端にある月の飾りが特徴的。

よく出来ているけど、こちらも稚児さんは人形。

山伏山。

油天神山。
ちなみに、山鉾の管理はそれぞれの町内が行っているのだけど、ここだけは公益財団法人になっている。ここによると相当厳しい設立条件に経て作られるらしい。「寄付者も免税に出来る」というのが大きいのかも。個人はともかく法人がありがたがりそう。

太子山。
ここまで見てもわかるとおり、山はご神体があちら=南側を向いている物がほとんどである。八坂神社さんの方向かとも思ったが、この御池通で言えばそうかも知れないけど、烏丸、河原町通では逆になるのでそうでもなさそう。

後祭巡行も調べたけど、やはり同じ向き。進む方向は逆なのに。やはり由来があるのかな?

なので、この位置からはよく見えない。南側に行けば良いのだろうけど、巡行の時は道路が基本封鎖されるので、南に渡れる場所・時間は限られるのだ。さらに、北に比べ道路が狭いので良い場所も限られる。来年に向けて調査しておくか。一番良いのは、この写真にも見えている、マンションに住んでいる人とお友達になることだけど。これを見ている方がいらっしゃれば、是非ご連絡を(^_^;)

鶏鉾。
「先端に付いている鶏が」・・・と思ったけど、ちょっとわからなかった。いるのかな?先端の方に屋根とその下にご神体らしき物が見えるのだけど、ビニールにくるまれているのでよく見えない。

木賊山。

綾傘鉾。
この赤い傘が傘鉾、ではない。これはお稚児さんに差し掛けられた傘。

「生稚児さんは長刀鉾だけ」と書いたけど、山や鉾に乗らない生稚児さんは他にもいた。人数ではここが一番。
小学生だろうに、この炎天下、まして着慣れなく厚い着物を着て2時間も歩くのはさぞかし大変だろう。傘が差し掛けられるくらい当然か。本番に備えて少しは鍛えてるんだろうけど。一生の思いで。

記念撮影。
巡行の速度は一定ではなく、時々間が開いたり止まったりする。そもそもそういう流れなのか、交通事情による物なのかはわからない。基本的には鉾の間は少し開くようだ。前の方で鉾の辻回しなどあると滞るのだろうけどね。なので、そういう止まっている時間があると演奏があったり、こういう記念撮影が行われたりする。

こちらが綾傘鉾の本体。
こちらの傘の上に鶏がいる。でも鶏鉾はこれじゃないよ。

2017祇園祭先祭巡行(2)2017年07月18日 06時20分25秒

函谷鉾。
函谷鉾にも稚児さんが乗っているように見える。でも長刀鉾は生稚児さんだけど、他は人形。でもそもそも祇園祭の稚児さんは人形だけだったらしい。そのうち長刀だけが「生」になったと。そのあたりの歴史も知ると面白い。

動く美術館と呼ばれる祇園祭だけど、歴史も長い。大本の縁起から数えると1000年を超えるけど、現在のような山鉾が巡行するのは応仁の乱以降だからそれでも約500年。
洛中洛外図上杉本に描かれているのもそうではなかろうか。
ちなみに、京都で「先の大戦」と行ったら「応仁の乱」を意味するので注意(^_^;)

伯牙山。

四条傘鉾。

「山」と「鉾」の違いは「真木を立てるのが鉾」なのだけど、この四条傘鉾は松を立てているのになぜか「鉾」扱い。
なぜ?これも歴史を知るべき?

芦刈山。
その名の通り、ご神体が芦(あし=よし)を刈っている。「人間は考える葦である」というのは哲学者パスカルの言葉だけど、「使い道のない芦=人間は刈られるだけの存在である」という意味・・・ではない。詳しくは調べてね。
芦刈山はHPもあるのでどうぞ。
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