超珍しい写真見せてやる!(その14)2015年08月05日 06時36分52秒

蒸気機関車C11-64。
撮影したのは1977年頃、梅小路機関車館で。

蒸気を出しているので当時は動態保存されていたようだが、現在の動態保存リストに同機は入ってない。ということは、動いているこれの写真は貴重だということになる。

C11は現在でも同館にあるらしいけど、今年4月に行った時の写真には写ってなかった。整備中だったのだろうか・・・と思ってたけど、よく調べると、車両基地ではなく東海道線横の引込線上にあった。
蒸気機関車2両のうち後ろ側。ここにあるということは、一応まだ動くのかな?それとも牽引されていったのだろうか。

ここに駐められている車両はおそらく、来年できる予定の新しい鉄道博物館に収蔵されるのだろう。開館が楽しみ。そういえば、先日職安に行ったらどう博物館内に設置されるパノラマ模型の制作人員の募集をしていた。9月から3ヶ月限定。やってみたいなぁと思ったんだけど、3ヶ月限定なので躊躇してしまった。次回職安行った時まだ募集してたら受けてみるか。いい経験になる。

超珍しい写真見せてやる!(その13)2015年07月31日 06時45分00秒

まだ椅子に長く座っていると腰が痛いので、比較的簡単なネタで。

阪急6000系の試運転時の写真と思われる。梅田駅。なので時期は1976年のはず。
ネガが見つからず、ハーフのベタ焼きをスキャンしたので解像度は極めて低いがご容赦を。「ハーフ」とか「べた焼き」とか、今の人に解るかな?死語だろうなぁ。

阪急6000系、そして同時期に出た6300系は画期的だった。阪急といえばマルーン色と前面3窓のこのデザインだが、この2系統から窓の下にライトが入り、行き先や種別表示が電灯式から字幕式に変わった。6300系ではさらに天井が白く塗られ、その窓下のライトのところも銀色に線が入った。伝統を守るなかでの僅かな変更ではあるが大胆でカッコ良かった。そう思った人が多かったのか6300系は1976年のブルーリボン賞を受賞している。阪急の同賞受賞は後にも先にもこれだけである。その時記念乗車会があったのだけど、鉄道友の会の人向けだったので乗れなかった。当時阪急は「阪急沿線」という冊子を出していて長らく集めていたのだけど、今の冊子「TOKK」に比べはるかにマニア向けでとても読み応えがあった。これがあればこの6000系の情報ももっと詳しく書けたものを。就職した頃か捨ててしまった模様。極めて残念。
阪急は色、形など車両の意匠はもちろん、内装、クーラーのデザインまで統一されている形式美があった。最近はだいぶ崩れてきているけど、最新の新1000/1300系はちょっと回帰した感じ。

後ろ。

ところで、6000・6300系共に、初期の運転席後部にはこの「H」マークが入っていた。これもかっこよかった。
が、これは一般的には不評だったようで、その後花マークに変わった後、現在は窓穴が開けられていると思う。

6300系の「H」マーク付きの写真を探したんだけど、そもそも6300系自体の写真が少なく、更に側面まで写っているのはこの1枚だけだった。阪急京都線特急がまだ大宮~十三間ノンストップで、淡路駅で通過を撮影したもの。1976年。「H」マークが確認できる。
身近にありすぎると、かえって記録しないのね。

当時のもの・・・かもしれない切符。阪急は日本で初めて(北千里駅に)自動改札機を導入した会社だから、たぶんもう磁気券だと思うけど(スキャン時に裏面は取らなかったので分からない)、印刷はインク。阪急の普通乗車券には年号が入ってないので年代が特定できない。
そういえば、なんで「梅田」の「田」を「図」のように斜めに書くのかは未だに不明。知っている人がいたら教えてほしい。
→2015/09/15追記
ようやく判明。まだ自動改札がない頃、他の「〜田」駅の切符と区別するためにこのようなくずし字を使うようになったらしい。阪急自体が答えていた。おそらくは先に開業していた阪神梅田駅(1906年)の切符との区別ではなかったのだろうか。阪急梅田の開業は1910年。大阪市営地下鉄はぐっと下って1933年。でもこの字をみるたびに「凶」に似ている気がして、あんまりいい字面じゃないなあと思うのだけど。

ちなみに、当時の子供券には赤字で「小」のはんこが押されていた。
今にして思えば。豪華な?印刷のことよ。

超珍しい写真見せてやる!(その12)2015年07月30日 13時39分42秒

EF58電気機関車。
大阪駅だと思うが、年代は昭和40年代後半くらいしかわからない。
客車列車を引いているようにみえる(大阪駅のホームに入っているのだから、それは間違いないだろうが)。
EF65が出てくるまでの、代表的な電気機関車だったと思う。
先に紹介の80系電車の流れをくむ前面2枚ガラスの美しいデザインであった。

もう1枚、山崎駅付近で撮影したものもあった。こちらは1976年で、後ろに続く車両が見えないので単機運転か、極めて短い貨物と思われる。EF58-75。
手前に盛大に看板が写っているのが残念だけど、当時は当然フイルムカメラだから現像するまでわからんのよね。

実はこの形式には前面3枚ガラス+デッキ付きの旧型が存在する。それも見た記憶はあるが、写真はない。

私の子供の頃は「もう戦後ではない」というスローガンが叫ばれていた時代だが、大阪駅構内にはまだ蒸気機関車が入ってたし旧型EF58もあったしで、戦前はともかく戦中・戦後直後の香りが残っていたと思う。真空管ラジオ使ってたとか、テレビも真空管を使った白黒だったとか・・・この辺はもう戦後どころか昭和30年台の話だろうか。

今日は短め。今日は昨日より腰が痛いので。でも振込期限が明日のものが3つもあるので郵便局まで行かなきゃいけない。不健康な一人暮らしは生きるのも大変。

戦争に自衛隊員を派遣する金があるなら、国民の生活向上に投資しやがれ。そして折しももうすぐお盆であり終戦の日。国のためと称して散らされた命に詫びろ>祖父の亡霊にとりつかれたボンクラ首相。

超珍しい写真見せてやる!(その11)2015年07月29日 18時57分38秒

椅子に座っていると腰がだいぶ痛いので、短いネタを。

急行「阿波」。高松駅ではないかと思う。理由は後述。
「阿波」が走っていたのは1968年から1988年まで。

こちらは、まだ急行時代の「うわじま」の急行券。「うわじま」は高松~宇和島間を走る急行として1966年から1988年の瀬戸大橋開通まで高松まで走っていたらしい。おそらくこれに乗った時に高松駅で居合わせた阿波を撮影したものと思われる。
大体、今はもうJRに急行自体が存在しないので、それだけでも貴重。
私が乗ったかどうかは不明。

私がはっきり乗った記憶がある急行は「越後」「赤倉」「きたぐに」「みまさか」「砂丘」くらいかな。切符も写真もどれもないのが残念。

乗ってないけど、急行「ゆのくに」(大阪~金沢)の写真を発見。1968年から1982年まで走っていたらしい。

これが「みまさか」(1966~1989)に乗った時の急行券のはず。
車内発行券なのでさらに貴重。

こちらは帰り分かな。中国勝山駅で購入した模様。
今は亡き母といった旅行の、そういう意味でも貴重は思い出の品。合掌。

思いのほか長くなっちゃった。あぁ、腰がいたい。大丈夫かな。明日は休むかも。

超珍しい写真見せてやる!(その10)2015年07月24日 06時23分52秒

80系湘南電車。

このオレンジとみどりの2色塗りの色合いを湘南電車と呼ぶが、その元祖。戦後の構成の電車の元祖なのだそうで。私の子供の頃にはまだこれが現役だった。

写真は1975年、8月のお盆の時期。
米原かなぁと思ったんだけど、湖西線が開業して特急がそこ経由になったのが1975年3月らしいので、すでに湖西線経由のはず。しかし湖西線内にこれだけの車両が保留できる場所はない。80系は直流電車。北陸本線は金沢より先が直流ではないかと思うので、その範囲か。数枚前の駅構内を写した写真に「?山そば」(金沢駅には白山そばがある)、米原~金沢間を走る「特急しらさぎ」もあるのでその確率が高い。でもこんな山がある場所ってどこだろう。


この前面2枚ガラスというデザインは斬新だったそうで、EF58電気機関車を始め、私鉄も含め似たデザインの車両が増えたのだそうで。

この写真はフイルムで発掘されたのだけど、ハーフで撮影されていたということもあって、解像度がかなり低い。なので車両横にある行き先プレートも読めない。フイルムスキャン機能付きスキャナはあるけど、ハーフ対応の物は全くない。パノラマ対応は難しいかもしれないけど、ハーフは35ミリの中央を切るだけだからソフトで対応可能だと思うのだけど、どこかのメーカーやってくれません?

超珍しい写真見せてやる!(その9)2015年07月22日 08時25分53秒

先日の山崎の続きというか派生。

当時(1978年前後)の「雷鳥」は大阪~金沢・富山を走るL特急で、本数も多いがバリエーションも多かった。
ボンネット型485系では、まだヘッドマークに絵が入ってなかった。大きいのでおそらく準備が間に合わなかったのだろう。
貫通型では絵が入っている。
当時は国鉄なので、側面にはJNRのマークがある。小学校の頃はこのJNRの意味を知らなくて、逆に書いてたなぁ。
「_|NΓ」という感じに。

こちらは先日も出した583系だけど編成の多くが写っている。
10両以上ある。当時は食堂車もあったんじゃないかなぁ。この写真ではわからないけど。

これが山﨑駅。撮影はいつもその手前(京都寄り)にある踏切前あたりで行っていたため、駅に入ったことはない。

ついでに当時の特急券・乗車券。新潟に行くときは雷鳥に乗らず北越に乗っていたのでそれの。
安いなぁ。国鉄料金はこの後劇的に上がっていくんだけどね。

その裏面。当時は(今もそうかもしれないけど)多くの場合、下車駅で無効はんこを押してもらえばもらえた。
今の磁気券は愛想がない上に感熱印刷だから、長持ちしない。昔のは普通紙にはんこ+タイプだから何十年も保っている。

こちらはさらに珍しいグリーン券。こちらは当時も高い。
北越の大阪~新潟間はその後雷鳥に吸収され、金沢~新潟間の特急になったが、それも今年の北陸新幹線開通でなくなってしまった。なので、特急名も運転区間も二度とない貴重な切符となった。

超珍しい写真見せてやる!(その7)2015年07月19日 19時43分23秒

ちょっと調子が悪くてネタがまとめられないのでしまなみ海道;考察編はお休み。
なのでこちらのネタを。

583系の雷鳥。東海道線山崎駅付近で撮影したはず。年は不明だけど、583系雷鳥が走っていたのは1978年から1985年までで、さらに私がこの辺りに撮影によく行った頃を考えると1978~1979年辺りだと思われる。
この山崎駅のカーブは列車撮影のメッカで、特に当時は特急・急行ともに数が多かったので撮影してても楽しかった。今はもう殆ど無いからね。サンダーバードと、「しなの」「ひだ」くらいか。

近くには阪急京都線大山崎駅がある。同じ頃、阪急は特急が6300系に置き換わってそれを撮影してた。

ここでは並走する新幹線も撮影出来た。当時は新幹線は0系しかなかった(900系があるとか言わないこと)。
懐かしい思い出。

こちらは1983年の485系雷鳥。信越線柏崎駅にて。上の583系では小さいのでわかりにくいが、1978年からは特急のヘッドマークに絵が入った。
今のサンダーバードにはヘッドマークはないからね。これももう思い出の中だけ。

それにしても、この頃のフィルムは退色が激しくて、PhotoShopなどで色補正をかけても、完全には戻せない(そこまでの根性はない^_^;)。退色補正の専用ソフトないかなぁ。ついでにハーフ切り出しもやってくれるとありがたいかと。
プリントされたものは退色が殆ど無くて「100年プリントは伊達じゃないなぁ」などと思っているけど、プリントがあるのはごく一部だから。

超珍しい写真見せてやる!(その6)2015年07月17日 07時42分09秒

583系電車寝台特急「明星」。
背景から新大阪駅にて撮影したものと思われるが、年は不明。
1974年(昭和49年)より前なのは確かだけど。
明星は昭和43年(1968年)から新大阪駅 - 熊本・博多駅間で走っていたらしい。
新幹線が岡山以西に開通した後も寝台列車は残り、昭和61年まで走っていたらしい。明星が電車だったのは昭和57年までらしいけど。

乗った記憶はないのだけど、新潟行く時、北越か雷鳥を待っているときに撮影したのだと思う。

次回も583系つながりで。

・・・追伸
しまなみ海道考察編はネタを書くのに時間が掛かるので間隔が開きます。たぶん。
ネタをまとめるのじ時間がかかるというのもあるけど、なんか最近猛烈な夏バテに加え夜寝られないので寝不足、さらにお腹を下していてフラフラで頭がまわらないので。

超珍しい写真見せてやる!(その5)2015年07月12日 07時05分56秒

今度は特急「つばめ」。
撮影したのは向日町操車場か新大阪の引き込み線だと思われる。
581系でつばめが走っていたのは、1968年10月~1972年2月までらしいので、比較的短い期間である。
撮影もその間のはず。プリントの枠に「77」とあるが、これは撮影年度ではなくプリント年度。
残念ながらネガは見つからなかった。友達が撮影したのをもらったのかもしれない。

その後つばめは変遷の後JR九州の博多~西鹿児島間の特急になった。1996年にそれに乗った記録があった。

更にその後つばめは九州新幹線の列車となった。
これはまだ乗ったことも見たこともない。いずれまた。

「つばめ」は国鉄時代からも日本を代表する特急の名称だけに使い回し(?)が多いわけね。

超珍しい写真見せてやる!(その4)2015年07月11日 07時41分50秒

今度は国鉄の特急「とき」と「そよかぜ」。

JRの間違いではない。国鉄時代。
在来線の「とき」なので上越新幹線開業前。
どこで撮影したかはわからないが、両方が並んでいるので1970年近辺の上野である可能性が高い。昭和56年に上野に行った時の切符があったので、その時かもしれない。
二度と再現しない光景。

元の写真では「そよかぜ」の前に何かの柱が写り込んでいたのでPhotoShopで消した。ついでに色合いも補正済み。

(C)おたくら編集局