古いあれこれ(5)2020年12月27日 08時36分06秒

珍しい切手と言えばこんなもんもあった。
「みほん」もの。昔は地域の郵便局主催の切手趣味の会みたいなのがあって、そこで手に入れたみたい。

出回っている数としては先の「月に雁」や「見返り美人」より遙かに少なかろうけど、こういう使えない物はどれくらいの評価が付くのかねぇ。

切手だけじゃなくてはがきにもみほんがあった。
昭和26年だから、見本じゃなくても未使用はがきの評価額は高いのかも知れないけど、これはもっとじゃないかな。切手シリーズはいったんこれで終わり。

古いあれこれ(4)2020年12月24日 07時08分23秒

今度はこの切手。
「月に雁」というその筋では超有名な切手。切手収集が趣味でない人でも聞いたことぐらいあると思うんだけど。
1枚1枚でも評価高いけど、このように1シートだともっと高くなる。

私が切手収集を趣味にしていたのは小学校のことだけど、そのときに最初に聞いたのがこの切手だった。当然買えるような代物ではなかったけど。

こちらも有名な「見返り美人」。

見返り美人にはこのような単シート物もある。
この2枚持ってたら切手収集家としてはある程度の実力?があるということになるんじゃないのかな。そんな切手たち。

切手は、新品なら評価額が額面割れすることはまずない。その上、10年以上とかほっておくと数倍になることもあるから、一番安心な投資かも知れない。もっとも、ほとんどは少額だし(1銭の切手が100倍になっても1円だからね)、「買」はともかく「売」が面倒だけど。

古いあれこれ(3)2020年12月20日 08時51分35秒

さてこれは何か。

実は日本最初;1871年に発行された切手。48文、100文、200文、500文の4種類が発行されたらしい。
周りに描かれた竜の文様に貨幣単位が「文」であるところから「竜文切手」と言われる。
最近、バイセルをはじめ不用品買い取り会社がちまたで買い取り合戦しているようだけど(うちにも1週間の間に3社も来た)、切手を売りたいと思っているなら、「竜文切手」と言ってわからないような連中には売っちゃだめ。まあ、今高く買い取ってくれるのは実は中国の古めの未使用の切手らしいけどね。

続いてこちら。
文様は似ているけど、通貨単位が「銭」になっている。なので「竜銭切手」。

半銭、1銭、2銭、5銭の4種類が発行された。1872年。

これの切手、発行からすでに150年も経っているだけあって、現在の評価額はかなり高い。実は竜文より竜銭の方が高いらしい。特に二銭はかなり高い。

そういう切手の現物を見る機会があったよ、と言う話。店とか博物館じゃないよ。
まだちょっと続く。

古いあれこれ(2)2020年12月17日 07時18分53秒

戦争時代の新聞から、また1枚。
日独伊三国同盟かな。昭和16年12月11日と思われる。歴史の教科書より生々しい。この写真では文字は読めないだろうけど。新聞はちょっと保存状態がよくないんよね。このまま放置したらあと10年は保たないかも。早めにスキャンしたいけど仕事しながらではなぁ。誰か養ってくれない?(^_^;)

ところで、「断じて」というのは「~ない」で否定語に使うもんだと思ったら肯定でも使えるのね。今辞書を調べたら、否定語を伴う場合は否定だし、肯定語とつながるときは「断固として~する」と言う意味になるらしい。1つ勉強。

古いあれこれ(1)2020年12月15日 07時13分28秒

新潟では新聞の切り抜きも多数発見された。

まずはこれ。「真珠湾攻撃」の一報。
日付を見ると昭和16年12月19日になってる。実際の攻撃があったのは12月8日なので、11日遅れていることになる。その間に検閲や絵の作成(新聞にあるのは写真ではなく絵)などがあったのだろう。

書いてある戦果が正しいかどうか。どうも戦艦は正しいけど潜水艦は誇張だと思われる。Wikipediaの記事が正しいなら。戦時中の新聞記事は本当のことが書いてあるとは限らない。

これらの切り抜きもいずれ写真に撮ってPCに入れ込みたいけど(大きいのでスキャナでは無理)、アルバム写真が優先だし、とにかく多いので10年くらいかかるかも。

戦争関係;前半時期の切り抜きは綴じられているのだけど、それ以降のは見当たらない。これとは別に明治大正時代の新聞も大量に見つかっているので、歴史的事実があった日の物を探し出してみてみるかな。関東大震災とか二二六事件とかあると良いのだけど。

2020新潟帰省(21)2020年11月09日 07時49分01秒

他にはこんな本が出てきた。
剣舞や弓術の構えの本だろうか。

軍隊物も何冊かあった。

こんな本も。

こんなのも出てきた。戦時中の、機影から機種を判別するための参考書だ。
祖父がこの地域の航空監視していたので持っていたと思われる。一般には売られていなかった書物かもしれない。
それで行くとこの機影はどれだ?
これは別途発見した写真から。

他にもたくさんの本が出てきたけど、全部紹介することは絶対無理な量である。

15時回ってから海へ。ここ数日で一番波が穏やかで潮も引いて浅い。
でも水温は低い。並行4往復泳いだ。

燃えるゴミをまとめる。一気に6袋も出来た。服が非常に多い。
先日買ったものはすべて使ったのでまた買わなきゃ。
ゴミ袋、京都では10枚単位だけど、ここいらは5枚で売られている。まさかと思ったけど、そうだった。

夜はスパゲティーを中心に、もやし炒めとかも作る。スパのソースはカレーで。

食べている最中に日没の時間が来たので撮影に行く。

沖の方では雨が降っているみたい。

夜、ほんの一時雨が降った。さっき沖に見えた雨が来たのかもしれない。
21時には寝てしまう。

2020新潟帰省(20)2020年11月08日 06時52分13秒

蔵整理続き。更に細かく調査。開かなかった棚も開けていく。
なんと江戸時代の書籍が出てきた。慶応と文久とか。


この書籍には落書きがあった。子供の読む本だったのだろうか。いつの世も同じと言うことか。

明治の教科書もたくさん出てきた。


教育勅語もあった。
名前を聞いたことはあったけど、原文を見るのは初めて。
「臣民」という単語で毛嫌いする人も居るかもしれないけど、書いてあることは至ってまともというか道徳的なことが書いてある。現代版も作れるんじゃないかなぁ、と思ったり。

岩内古絵葉書(5)2020年10月19日 08時19分06秒

敷島内。何かどえらいところを渡っとるんですけど。
そもそも何のためにこんな物が付けられたんだろうか。絵葉書になるくらいだから、当時はそこそこ有名だったのだろう。好きな人と二人で無事渡りきったら恋が成就するって?いや、こんな所二人で渡る度胸があるならそりゃ叶えられるでしょうって。自分たちの力で。

敷島内というのは岩内の南部で、この海岸線のとこかだとは思うのだけど、今はもうこの危ない物はないようでGoogleEarthで眺めてみたが見つけられなかった。

雷電。雷電としか書いてないけど温泉らしい。
今でもGoogleEarthで見ると雷電温泉と表示されるが、実際には今はここには宿はない。最後の1軒「三浦屋旅館」も令和元年に廃業となり、今はかつて温泉街があった廃墟の場所になってしまった。
Wikipediaによると温泉宿が出来たのは昭和36年とあるが、それ以前から地元の人は行ってたのだろう。だから絵葉書になってると。
もっと早くに先祖のこと調べてたら行けたかもしれないが、残念。

と言うことで、岩内シリーズは終わり。
この岩内と泊村(当時)にはご先祖のゆかりがあるので、行けるようなら行ってみたい。

岩内古絵葉書(4)2020年10月18日 08時37分38秒

DBにアクセスできるようになったので続き。

岩内尋常高等小学校。
小学校と高等小学校をあわせたものらしく、今でいうところの小学1年生から中学2年生までに当たるのだそうな。小学校が4年+高等小学校が4年だったのがのちに6+2担ったようだけど、両方行けば就学年数は同じ。ただし、小学校は義務教育で無料だったのに対し、高等小学校は相ではないので授業料が必要だったそうな。
何かトトロに出てきた小学校のイメージまんまな感じ。

こちらは岩内女子尋常高等小学校。
女子のはわざわざ別にあったのね。まあ、それだけ女子への教育へかける意気込みが強い土地だったと言うことか。前に写っている子供は男の子のように見えるけど。

家系図2020年10月08日 07時23分02秒

今家系図を作っている。正確には、一度作り上げたがまた新しい資料が出てきたので増補修正中である。

普通の家系図というのは誰と誰が結婚して子供が出来てと言うようなのを線でつなぐだけだが、私の作っているのはそれ以外に誰がどの年代を生きたか、その人の写真付きで作っている。

親子・親戚関係がわかってもそれらの人が年代的にどれほど一緒に過ごしたかというのはこれを見なければわからない。子供が祖父母を知っているかなどがこれでわかる。

さて、家系図を作るのに絶対必要なのは戸籍謄本。自分のだけでなく、ご先祖の分までとれればなお良い。親戚のもあればいいが、昔と違って今は個人情報保護のため関係者以外はとりにくくなっているので難しいかもしれない。
これに加えて、過去帳もあればなお良い。戸籍が出来たのは明治以降なので、それ以前を知るにはこれが必須だ。過去帳は菩提寺に行けばあるはずだ。うちの菩提寺は少なくとも1700年代からは今の場所にあるので、うちのご先祖もそこまでたどることが出来た。
過去帳を使うときの注意は、過去帳では数え年で記載されること。戸籍は実年齢なので食い違いが出る。さらに、戸籍名と過去帳上の名前がなぜか違うこともある(戒名と俗名という意味ではない)。
うちの場合、さらに日付とともに写された人物写真があったのでそれも活用している。

昭和戦後以降の戸籍謄本は比較的読みやすいが、明治・大正の物は手書き手写しなので読みにくい上に旧漢字や今はほとんどないであろう家族制度が出てきたりするので、その読解はなかなかに難しい。

幸いにして、うちでは昔にとられた戸籍謄本が出てきたのでそれを使っている(明治年間の!)。たとえばこれ。
明治の戸籍謄本には身分が書かれている。ここでは「平民」と。少なくとも明治30年代までは書かれているようだ。さらに、「私生」という言葉も見える。正妻以外との間に出来、認知前の子供だ。「伯父」「養父母」というのも見られることがある。生まれが江戸時代でも、明治以降に生きていればこのように戸籍が作られている。
戸籍からは抹消されるのは今は結婚と死亡(相当)だけだが、昔は分家しても抹消された。また、出戻りすると前の続きではなく新規に戸籍に追記される。出戻りとは離婚して戻るだけでなく、分家解消というのもある。

今回作ってみて、まともな家系図を作る作業がいかに大変かがよくわかった。うちはまだ縁戚関係が簡単なのでなんとかなったが、お手欄のを少し見せてもらったらすごい人数で、これを書き上げるには1年くらいかかるんじゃないかと思われた。うちのこれですら第1版を書き上げるのに2ヶ月はかかったから。これから新資料を元に第2版の作成にかかるけど、また1ヶ月はかかろうかと。

家系図を作るのは意外に大変な作業だとわかった。一方で今回のことでやり方は大分わかったので、これを仕事にしようかなどと考えたりしている。需要があれば。
戸籍謄本と過去帳が入手可能で(個人情報保護条例のためこちらで入手出来ないので)、それが江戸・明治・大正・昭和戦前以前にもかかっていて(昭和戦後以降なら簡単)、家系図を作って欲しい方はお問い合わせを。量にも依りますけど、最低一ヶ月はかかるのでお値段もそれなりにさせていただきます。
(C)おたくら編集局