2020新潟・白馬(13)2021年01月29日 07時09分28秒

・・・10/2・・・

朝なんかあったんだけど忘れた。ヤマトに抗議の電話を入れたんだっけ?とりあえずそういうことにして話を書こう。

ヤマト;本体じゃなくて引っ越しのほう;ヤマトホームコンビニエンスに電話を入れる。自転車が壊れてたと。急ぎ必要なので先に直したが、弁償しろと。
書くの忘れてたけど、実は荷物には輸送前に保険をかけている。100円で何万円まで保証、と言うのがあるのだ。自転車は新品なので満額出るように、TV・冷蔵庫はそもそも中古品なので安めにかけた。なればこそ、故障の際には弁償してもらわんと困る。
今は担当者が不在と言うことで後で電話してくると。かかってくるのは携帯なので、家にいててもしょうがないので出かける。

夕陽丘公園。ドローン飛ばしに行ったわけではないのか、行ったけど、またぞろiPad忘れて飛ばせなかったのかは不明。ドローンの映像はなかったので。
地元の民謡に「米山さんから雲が出た♪」というのがあるのだけど、まさにその状況。

ここには三角点がある。
測量の時の基準点になるんだっけ。中越沖地震でずれてないのかなぁ。逆に、これのずれで大地のずれがわかるのか。ここいらは震源地に近い。

そのまま山に登って観音堂へ。
新潟の10月はどんな気温かというと、日向の暑さは真夏と同じくらいにも感じるが、日陰や夜になるとぐっと寒くなる。昼は半袖でも十分だけど(自転車乗ってると余計)、夜は長袖でも1枚じゃ寒い、という感じ。今回は白馬にも行くのでカーディガンとか持ってきてるけど、ちょっと足りない。布団多めにして寝る間はそれでしのいでるけどね。

観音堂横から米山と集落を望む。
100年前の写真と比べるとこのあたりは大分変わってる。
昔や山に人が入っていたので草が刈られて見通しが良いのだ。山の中腹まで家があったそうだし。町中の繁盛ぶりも全然違う。この写真の比較は5月に椎谷で開催予定の写真展でも出す予定。

今度は陣屋跡へ。町中の移動なら自転車は自動車よりずっと手軽。
ここは70年前の写真があったが、あまり変わってない。
でも右手の家には人が住んでるような感じがある。今は住んでない。
いろんな場所の今昔を比べると面白い。

2020新潟帰省(37)2021年01月10日 07時49分59秒

紅葉シリーズとか古いものシリーズが続いたので実に一ヶ月以上ぶりの続き。これもちゃんと終えておこうと。
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寺泊にあった自動販売機。
ピカチュウ。こんなのもあるのね。そういえば先日AmazonPrimeで「名探偵ピカチュウ」見たけど、なかなか面白かった。私自身はポケモンにはほとんど思い入れはないんだけど、こういうのがあると思わず買ってしまいそうになる。出てくる商品もポケモン仕様だと良いのにね。

そのまま西山ふるさと公苑へ。ナビに従ったら、海沿いの402号線ではなく内陸の161号線を走らされた。まあ、161号線のほうが直線なので早いけど、景色はいまいちなんよね。

西山ふるさと公苑では野菜を買う。今朝はきゅうり・ナス・ピーマンのセットとピーマンのみのがあったのでそれを。
その後、前にあるにしざわ酒店でエチゴビール3本セットも買う。これは京都行き。多分。

家に帰り着いたら10時半くらいだったか。
窓を開けると海風がとても涼しい。

蔵の中のゴミを店へ移動。これで蔵の中の今回掘り出したゴミはすべて取り出した。捨てるのは次回以降だけど。
で、ついでに古着が入ったような風呂敷を開けてびっくり。なんと古い書面が大量に出てきた。先日出てきたものよりずっと多く、かつ椎谷にとっては価値が高いかもしれない。椎谷の最後の藩主の写真とか
(この写真だけは他のと分けて別の箱に大切に入ってた)、その人からもらった年賀状、江戸から明治の相続、職業、石高=家禄とかもあった。家禄なんて極秘資料なんじゃないかと思う。
あまりの内容に驚きつつ、写真を取る。開くと崩壊しそうなものを除き、ほぼ全て。多ページ者は全部写してられないので表紙だけ。

それにしても、今回徹底的に全てを開けて調べたから発見できたけど、そうでなかったら、外見の見た目でそのまま捨ててたかもしれない。いや、ひょっとしたら、今まで捨てたものの中にもそういうものが混じっていたかも。まあ、大きなものはないはずだけど。

13時になったけどお昼。さっき買ったお寿司。ちょっと張り込んで中トロ、大トロも入っているやつ。これで1300円だから京都では考えられん。
あっ、持っている間にずれてしまった。パックずしあるある。

イカの刺身も。
美味しい。美味しいイカは甘くて舌の上で溶ける。ねぎとろとは夜にネギトロ丼にしよう。

明治大正昭和初期の各地の写真(6)2020年11月25日 07時29分40秒

大正14年5月10日、大正天皇の銀婚式祝賀の風景。プリントからのスキャン。
銀婚式というのは結婚25周年だけど、大正天皇と貞明皇后が神前結婚式を営んだのが1900年(明治33年)5月10日なので、この日がその25周年で、各地で祝賀の祭りが行われたみたい。この様子がどこで撮影されたものかは書かれていなかったが、写っているものから新潟県長岡市内ではないかと思われる。


巨大な杯?

大きな「目出鯛」。


仮装行列?もあったのね。

ネガはむちゃくちゃにまとめられていたため年代すらはっきりしないものが多いのに対して、アルバムには日時が書かれているものが多くて助かる。その中でもこれは珍しく日まではっきりわかる写真であった。

明治大正昭和初期の各地の写真(5)2020年11月23日 07時37分03秒

大正14年の大阪は堺の海辺の様子。

この灯台は明治10年に作られた、日本最古の木造洋式灯台らしい。
現在も、使われてはいないが残っている。この写真は大正年間なので現役時代の姿。今は周りも大分埋め立てられているので様子が違って見えるだろう。

潮干狩り。
今も出来るのかどうか。無理だろうなぁ。

帆船が現役だったようだ。

浜辺からの風景。

これらの写真はネガが見つからず、アルバムに貼られたプリントからスキャンした。退色補正と明るさなどの補正はしているが、他はそのまま。もう少しきれいに出来ればいいのだがなぁ。

このようにネガが行方不明の写真はそこそこある。戦時中に失われたか、骨董屋という名の泥棒が入ったときに盗まれたまたは捨てられたか、まだどこかに埋もれているのか。次回行った時にまた探してみるかな。

明治大正昭和初期の各地の写真(4)2020年11月21日 08時17分06秒

昭和元年前後の穂高。うちの祖父が大学のときにクラブで登りに行ったみたい。
中央にポコっと出ているのがジャンダルム。Ys8でその名を知ったけど、穂高に現物があるらしい。

以下写真の順番は不同。場所もどこだかわからない。



おっきな雪渓。


この写真。こんな岩場にワンピースやスカートの女性が登っているというのが、なんとも無謀に思えるのだが。当時の女性はそれが当たり前?
もんぺの方がよほど登りやすいような気がするけど。

松本から入ったらしい。
何気に松本電気鉄道浅間線も写ってたりする。車両がちゃんと写っていればなぁ。

出来て間もない穂高山荘が写った写真もあったのだけど、人物も写っているので割愛。祖父がどこの大学に通っていたのか、どういう趣味だったかも知れた一群の写真であった。

明治大正昭和初期の各地の写真(3)2020年11月19日 07時54分05秒

更にさかのぼって大正時代の蒸気機関車。
調らべた結果、どうも8620型ではないかと思う。動輪が2、タンク車が別、凸が2つ、ライトが上にない等の特徴が一致する。
連結器がはっきり見えないが、まだネジ式だとすると撮影年もかなり絞られ,また非常に貴重な写真となるのだが。後に省鉄の連結器は8620型を含め自動型に付け替えられるから。

撮影場所は不明。友人曰く、遠くに見える山が高山系の形で、手前の畑はれんこん畑ではないかとのことなので、当時そういう風景があっただろう場所を探せばわかるのかも。ただ、撮影者のこの当時の移動範囲を考えると長岡付近か今の上越線沿線である可能性が高い、
昔の写真には撮影日時もGPSログもないからねぇ。

明治大正昭和初期の各地の写真(2)2020年11月16日 07時31分36秒

昭和16年前後の名古屋城の写真。
昭和16年ということは、大東亜戦争の空襲で焼ける前=江戸時代からの名古屋城である。周りの建屋ももちろんその時代の。
Wikipediaで見ればわかるけど、その後再建された戦後名古屋城はこれを忠実に再現しているので、パット見差異は解らない。

そういえば、名古屋城は行ったことないかも。犬山城と岐阜城はあるはずなんだけど。旅行が自由にできる時が来たら行ってみるか。

明治・大正・昭和初期の各地の写真(1)2020年11月14日 08時35分21秒

すでに書いているとおり、新潟の蔵の捜索から古い写真がたくさん発見された。なかなかに貴重だと思うな写真もあるので紹介してきたいと思う。

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まずは新しい目のところから。昭和33年の阪急夙川駅。
後ろに写っている甲陽線の車両は320系か380系と思われるが、私には区別出来ない。1形の30番代ではないかと言う指摘もあったが、Wikipediaの1形の記事によると、昭和33年=1958年段階で残っているのは32だけで、その32も中間車として利用されたとあるので1形3x車両ではないのではないかと。本当のところはどうなんだろう。

うちの親が夙川にある会社の寮に入ったときに祖父が訪ねてきて撮影した物のようだ。祖父の写真は鉄道がいつもどこかが隠れているので「だから、車両をちゃんと写して!」と言いたい。もう無理だけど。

今は亡き鉄道(31)2020年09月25日 08時47分05秒

この写真に映る蒸気機関車。果たしていつの何処のものか。

機関車もやたら古いので国鉄ではないとは思ったのだけど、一体何処なのかさっぱりわからなかった。機関車なのに煙を上げてないのもおかしいし。

で、他の写真も合わせてみると、どうも奈良にあった「奈良ドリームランド」のようだ。
その開園は1961年だけど、おそらくこれらの写真はそれからまもなくの頃だと思う。

ドリームランドは、アメリカディズニーランドをモチーフにした遊園地らしい。
そういえばこの山みたいのがあちらにあったような。
ちゃんとディズニーのところに行って協力も得たらしいけど、あまりの出来に、これを見てウォルトディズニーが激怒して日本人嫌いになったとか。これがなければ日本に本物ディズニーランドが出来るのはもっと早かったのかも、と言われる。

なんかやけにちゃちな城。

これは安芸の宮島のミニチュア?

普通の遊園地的乗り物もある。
2000年代まであったらしい。一度は行っておくべきだったのかな?

今は亡き鉄道(30)2020年09月21日 07時04分06秒

千里万博EXPO'70から。
会場内にあったロープウエイ。法律上は索道線なので鉄道。
ロープウエイは西口からお祭り広場横までにあったようだ。阪急万国博西口駅から来る人は乗ったかも。私が乗った事があるかどうかは不明。

同会場内のモノレール。モノレールは万博会場外周を走っていた。
万博会場って広かったと思ってたけど、今軽く図ってみたら4キロほどなので京都御苑と同じ位か。そう思うとそれほど広くないが、そこにあの時代あれだけの建物と人が集まったのだからすごい。
これも乗ったかどうか不明。今は名神高速道路挟んで向かい側に大阪モノレールが走っている。

整理している古い写真の中には万博の写真も数多くあるけど、私自身はまだ小さかったから殆ど覚えてない。残念なことよ。
(C)おたくら編集局