懐かしいもの2016年12月17日 07時40分27秒

実家で荷物の整理をしていたら、懐かしいものを見つけた。
STARWARS、今で言うEPISODE IVの日本公開時の映画鑑賞券。昭和53年。梅田OS劇場。指定席だけど並んで待った。
見たときの衝撃は忘れられない。子供のときに見たのだから美化されている部分は多分にあろうけど、それに比べてEPSODE I~IIIとかVIIが、いかに映像はきれいでも熱くなれないのは私だけではないと思う。見た目の綺麗さは感動とは関係ないのだ。むしろきれいすぎると映像情報の整理に頭が使われて物語に集中できなくなり感動が薄まる。そして、あの頃はTV特撮でも映画でも情熱がこもっていた。いい時代だった。

そういえば、値段は1200円。今映画は1800円だっけ。40年で1.5倍のと言うのは安い方なんじゃないのかな?バス運賃なんて60円から230円で3.8倍だからなぁ。

追記:裏面を見るとこれは前売り券で1200円なのであって、正規料金は1500円だった。余計に安い。


こちらは2年後公開の帝国の逆襲。
これも見たときも衝撃的だった。まさか正義側が負けて終わるとは。ルークが腕を切られて逃げて、医療船で治療を受けてさてこれからどうなるのだ!?と思っているとカメラが引いて遠景になったと思ったらエンディング。「おぉっ、ここで終わるのか!?」「これは早く続きが見たいぜ!」と思ったもんだ。

どちらも青春と呼ぶにはまだ早い時期に見たけど、感動し、忘れ得ぬ作品。

残念ながら「JEDIの復讐」(当時の邦題)の券は見つからなかったけど、他のは出てきたので、いずれまた。

追記:
ダースベーダーの顔を持った花。
本当にそっくり。府立植物園の温室にて。今丁度夜間イルミネーションをやってて、この期間中夜間温室は無料なので、行かれた方は探してみては。なお、植物園自体は無料じゃないからね(200円)。

超珍しい写真見せてやる!(その23)2016年01月18日 21時43分30秒

ちょいとどころじゃなく忙しいく、体の疲労が取れないので軽いネタで。

特急「しらさぎ」。名古屋と金沢を結ぶ特急。今も存在するが、国鉄時代から存在する。
写真は481系または485系。どこで撮影したかは不明。

こちらは583系車両。売店のそば屋から解りそうなのだけど、やっぱり不明。前にもこのそば屋を考察したことがあったような気もするけど忘れた。「何とか山そば」。
特急乗って旅行したい。いやまあ年に1回は出来ているんだけど、ゆっくり温泉に行きたい。いや、それはそれで書くべきネタがあるんだけど、それはまた後日。

超珍しい写真見せてやる!(その22)2016年01月09日 07時23分58秒

しんどくて更新しづらいのでこのネタで。

大阪駅での「雷鳥」と「しなの」が並んだ図。

現在雷鳥号はもう存在しないし(すべてサンダーバードに変わった)、大阪発の「しなの」も次のダイヤ改正でなくなってしまう。それ以前に、振り子式である381系のしなのはもうだいぶ前になくなっているはず。ということで、今は昔の写真になってしまった。

大阪発しなのも1回乗ったことがあったような。いや、これがそのときの写真かも。帰りの大阪着もあるけどね。新幹線全盛の時代に新幹線とかぶる区間(名古屋~新大阪)をゆっくり走る特急というのも良いもんだったけどね。

超珍しい写真見せてやる!(その21)2015年09月29日 07時07分17秒

なんだか気ぜわしくてネタが作れないのでこちらで。そもそもネタが切れかけているというのもあるけど。

トマムサホロエクスプレス。海峡号に乗ったのと同じ平成2年=1989年。JR北海道のジョイフルトレインというやつ。
この頃は全盛期で5両編成で食堂車もつないでいたそうな。この写真では解らないけど。

隣に停車しているのは特急北斗。183系気動車。
今も走っているようだけど、車両は281/283系というのが中心らしく、さらに塗装が青色に変わっているので、この色はもう見られない。

トマムサホロエクスプレスに似た形の列車を見たことがあるなあと思って記憶をたどって行くとこれがあった。これはJR西日本のジョイフルトレイン「ゴールデンエクスプレス アストル」。2006年に富山駅で撮影。2007年まで走っていたようなので、最後の頃。
似ているようだけど、ベースとなった系統は違う。

このときはすごい雷雨で、稲光がたくさん走ってた。さらに乗り継ぎの特急はその豪雨のせいで遅れてくるし、クーラーは故障しているし、車内は水浸しでえらい状況だった。そんなことを思い出した。写真には思い出がつながっている。

でも、今は昔の物語。合掌。

超珍しい写真見せてやる!(その20)2015年09月07日 14時30分35秒

久しぶりに。

青森〜函館を結んでいた快速列車「海峡」号。
青函トンネルが開通した1988年から2002年まで走っていたらしい。私が乗ったのは平成2年だから1989年ということで、開通直後に近い時期。東北1周旅行をしてた時、青函トンネルも開通したことだし、ぜひとも通りたいと思って1日使って行った。この列車は客車列車。
写真はいきなりボケボケ。フイルムカメラじゃけん、しかたなか。

トンネルの最深部通過時。
1時間近くもトンネルの中にいて、景色という景色はないので、ずっとこれを見てたような。

50系客車。青函トンネル用の改造車だったそうで。座席は0系新幹線からのお下がりだとか。
そうと知ってたら車内も撮影してたのに。

その時の切符。
記念のためか硬券で発行されていた。

乗車証明付きオレンジカードも車内で売ってた。もちろん今となってはもう手に入らない。
北海道新幹線は来年だったっけ。乗れるといいのだけどね。

超珍しい写真見せてやる!(その19)2015年08月20日 08時21分06秒

週刊ニュースの所、歴史で習ったことが色々書いてあって興味深い。いいか悪いかは別にして、動きのない今の日本や世界からは考えられないほど動きが感じられる。「リットン報告書」「満州国」「国際連盟」「蒋介石」「ドイツの軍縮会議不参加」「12国立公園決定」など。

全面広告のページ。「浅田飴」って古くからあるのね。

そして最後は裏表紙。ラジオの広告がある。
ここには注目すべき点がいくつかある。いわゆるコピーを書いているのが与謝野晶子。こんな仕事もしてたのね。
そして作っている会社も今となってはそうそうたるところだ。キャビネットの日本楽器はヤマハ、バルブ(ってなんだろう?バリコンのこと?)の東京電気とは東芝の前進、製造元の大阪変圧器は重電8社の1角、ダイヘン。当時はこんなものを作ってたのね。設計者の名前まで書いてある。設計者冥利に尽きるねぇ。

ということで、単に古いだけでなく、教科書で習った歴史の一片が、その時代背景とともに感じられる1冊であった。


超珍しい写真見せてやる!(その18)2015年08月19日 07時58分19秒

映画の広告など。その横に「テレヴィジョン時代」というのがある。
日本でテレビの研究がNHKで開始されたのが昭和6年。当時はまだラジオですら各家庭にあるという時代ではないので、「テレヴィジョン」というのは夢の機械であったわけだ。それがなんであるかもわからなかった人も多かったかもしれない。なんかテレビに夢を見てるなぁ。今となってはもう斜陽の文化な気もするけど。

連載小説。これも時代を感じる。

さてこのページ、見るべきは記事(小説?)じゃなくて下の広告。
家庭用日焼け機のことだと思うんだけど、作っているのがあの「島津製作所」。昔はこんなもんも作ってたのね。定価75円って、当時としてはかなり高いんじゃなかろうか。あっ、そういえば、ここに書かれている横書きは左から右になってる。そうなったのはアメリカの指導によって戦後のことだと思っていたけど、この時代からもあったのね。

超珍しい写真見せてやる!(その17)2015年08月18日 07時38分00秒

週刊朝日続き。
写真のページ。六大学野球の写真。後にプロ野球に入るような人もいたのだろうか・・・と思ったら、日本プロ野球成立が1936年=昭和11年なのでその4年も前の話。

大阪の町中の写真。
今の風景と見比べると面白いと思う。道頓堀(右下)はどのあたりだろう。空襲でなくなった建物もあるんだろうなぁ。戦争したらいかん。

大阪駅前(左上)はぜんぜん違う。心斎橋(右下)は今は屋根があるのでだいぶ感じが違う。戎橋(左下)は面影があるようなないような。グリコの看板はないけど。
衣装などにも時代を感じるねぇ。

美術のページ。「堂本印象」とか私でも知っている名前が見える。
当時は41歳頃のはずなので、中堅どころか。

超珍しい写真見せてやる!(その16)2015年08月16日 06時52分40秒

今度は正真正銘に珍しいもの。
週刊朝日だけど、なんと昭和7年10月に発行されたもの。田舎にあった荷物の中から発掘した。
表紙はカラーだけど、これが写真なのか写真絵なのかわからない。写真だとしても相当修正はされていると思うけど。目がちょっと行っちゃってる気がするのは私だけ?(^_^;)文字が右から左へ書かれているのとか、定価12銭というのが当時らしい。

記事を読むとさらに当時の世相が分かる。今となっては歴史上の出来事でしかない5・15事件が、当時は発生した直後のこととして論説されている(5・15事件は昭和7年)。
赤線を引いた部分は要注目点。

広告も面白い。「誰にでもできる美味しい食用茸の栽培」とな。なんか怪しい(^_^;)。昔は週刊朝日でもこんなのが掲載されていたのか。
投稿者の住所に「樺太」とあるのが当時である。

超珍しい写真見せてやる!(その15)2015年08月10日 05時52分00秒

1976年、岐阜近くで撮影したと思われる路面電車。

最初名古屋だと思ったのだけど、調べると名古屋市電は1974年に廃止されているようなので違う。となると、その時の旅程から考えるに犬山か岐阜近くと思われる。お城に行った記憶があって、最初犬山城だと思っていたけど、山の上にあった気がするので、岐阜城の可能性が高い。しかし、この辺りには路面電車は現存しない。

さらに調査を進めると、名鉄岐阜市内線には公園前駅というのがあって、これが岐阜城のある金華山の最寄りだったのようだ。このあたりには急カーブが連続していたとあったので、写真のカーブが相当する気がする。このカーブ故に入線できる車両が限られており、「モ550系」車両のみであった・・・とWikipediaにはあった。

しかしてモ550型の写真を見るとそっくり。車両前面右上に型式番号が書いてあるようなのだが、残念ながらこの写真の解像度では判別できない。

ということで、おそらく「名鉄岐阜市内線、公園駅前近くで撮影したモ550系」で正解だと思うけど、もしこの写真だけで特定できた方は、ぜひご連絡を。

(C)おたくら編集局