超珍しい写真見せてやる!(その8)2015年07月21日 06時39分48秒

さて、これがなんだか分かる人がどれだけいるだろうか。
「カセットテープ?」それは当たり前。そうじゃなくて何が入っているか。

日本のパーソナルコンピューターの黎明期の名機、「MZ-80K」のBASICや機械語モニタのテープ。
左上から下へ、機械語モニタSP-2001、BASIC SP-5010、SP-5002、SP-5030、アプリケーション、Telly-BASICの順。SP-5030はその後MZ-1200まで使われてたから知っている人もいるかもしれないけど、初代のSP-5002なんてほんとの初期の初期だけだから、今現存するカセットテープは殆ど無いのではなかろうか。ちなみにマニュアルも残っている。だいぶ傷んでいるけど。

MZ-80KはSHARPが発売したパソコン。当時はまだマイコンと呼ぶ方が多かったような気がする。半分組み立てが必要なセミキット品。だからKitのK。
CPUはZ80(2MHz)、RAMは20KB(ROMは4KB)。いまならスマートフォンはもちろんおもちゃだってこれより上のCPUとRAMを積んでそうだけど、当時はそれでも画期的だった。RAMは1個1個チップで増設したんだぜ。記録メディアはカセットテープ。ハードディスクなんてなかったし、フロッピーなんて高すぎて手が出なかった。SHARPのカセットは記録レートが1200bpsと高速かつ読み取りが優秀だったのでまだましだったけど、NECのPC- 8001なんて300bpsでエラー出まくりで苦労していたらしい。

で、当時はBASICでプログラムするのが普通で、最初に付属したのがSP-5002。それが徐々に高速化とか改良されてSP-5010→5020→5030となった。Telly-BASICはサードパーティーが発売してたもので、たしか色々と改良されてた。いわゆる上位互換。そのほか、ハドソンのHu-BASICが優秀だったけど、買えなかった。持ってたけど、使ってはイなかったような。Hu-BASICとの本格的な出会いはX1まで待つことになる。
プログラムも色々組んだなぁ。主にゲームだったけど。プログラムの基礎、というか考え方はこの機種で学んだといえよう。本格的に組み始めるのは次のX1からだけど。

その後、機械語モニタを手に入れて、機械語も触り始めるが、機械語というかアセンブラでプログラムが組めるようになるのはCarryLab.のBASEが出るまで待つことになった。

電器店でもパソコンを置いてある店は殆ど無くて、日本橋では今はなきニノミヤムセンが積極的でよく行ってた。増設RAMを買ったのもそこ。最初地上3階、後に地下に移動したっけ。

・・・と書き始めたら止まらなくなる。こんな話を書いて分かる人がどれだけいることやら。今はパソコン持っているなんて当たり前、というか持ってないとおかしいくらいの世の中になったけど、当時はオタク呼ばわりされて、肩身が狭かった。まあ、気にしてなかったけど。今偉そうな顔してパソコン触っている連中は、当時いち早く触った人たちの成果の上に成り立っているんだぜ。少しは感謝しやがれ。等と言ってみたり。


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