明治大正昭和初期の各地の写真(3)2020年11月19日 07時54分05秒

更にさかのぼって大正時代の蒸気機関車。
調らべた結果、どうも8620型ではないかと思う。動輪が2、タンク車が別、凸が2つ、ライトが上にない等の特徴が一致する。
連結器がはっきり見えないが、まだネジ式だとすると撮影年もかなり絞られ,また非常に貴重な写真となるのだが。後に省鉄の連結器は8620型を含め自動型に付け替えられるから。

撮影場所は不明。友人曰く、遠くに見える山が高山系の形で、手前の畑はれんこん畑ではないかとのことなので、当時そういう風景があっただろう場所を探せばわかるのかも。ただ、撮影者のこの当時の移動範囲を考えると長岡付近か今の上越線沿線である可能性が高い、
昔の写真には撮影日時もGPSログもないからねぇ。

今は亡き鉄道(31)2020年09月25日 08時47分05秒

この写真に映る蒸気機関車。果たしていつの何処のものか。

機関車もやたら古いので国鉄ではないとは思ったのだけど、一体何処なのかさっぱりわからなかった。機関車なのに煙を上げてないのもおかしいし。

で、他の写真も合わせてみると、どうも奈良にあった「奈良ドリームランド」のようだ。
その開園は1961年だけど、おそらくこれらの写真はそれからまもなくの頃だと思う。

ドリームランドは、アメリカディズニーランドをモチーフにした遊園地らしい。
そういえばこの山みたいのがあちらにあったような。
ちゃんとディズニーのところに行って協力も得たらしいけど、あまりの出来に、これを見てウォルトディズニーが激怒して日本人嫌いになったとか。これがなければ日本に本物ディズニーランドが出来るのはもっと早かったのかも、と言われる。

なんかやけにちゃちな城。

これは安芸の宮島のミニチュア?

普通の遊園地的乗り物もある。
2000年代まであったらしい。一度は行っておくべきだったのかな?

今は亡き鉄道(30)2020年09月21日 07時04分06秒

千里万博EXPO'70から。
会場内にあったロープウエイ。法律上は索道線なので鉄道。
ロープウエイは西口からお祭り広場横までにあったようだ。阪急万国博西口駅から来る人は乗ったかも。私が乗った事があるかどうかは不明。

同会場内のモノレール。モノレールは万博会場外周を走っていた。
万博会場って広かったと思ってたけど、今軽く図ってみたら4キロほどなので京都御苑と同じ位か。そう思うとそれほど広くないが、そこにあの時代あれだけの建物と人が集まったのだからすごい。
これも乗ったかどうか不明。今は名神高速道路挟んで向かい側に大阪モノレールが走っている。

整理している古い写真の中には万博の写真も数多くあるけど、私自身はまだ小さかったから殆ど覚えてない。残念なことよ。

今は亡き鉄道(29)2020年09月16日 06時38分05秒

今度は駅舎。
鳥取駅。年ははっきりしないけど昭和40年代より前なのは確か。分かる人には車の型式からわかるのかな。
今は改築されてぜんぜん違う。

金沢駅。1966年より前なのは確かだけどはっきりはしない。
水没したフィルムからなので見えない部分があるのはご容赦を。
北陸鉄道金沢市内線の線路と架線が見える(これで年代がだいたい分かる)。前年ながら車両は写ってないけど。
金沢駅は新幹線開業に合わせて作り変えられたので今はぜんぜん違う。まあ、駅だけじゃなく金沢市街地は景観がガラッと変わってるけどね。

京福電鉄永平寺駅。昭和30年代のはず。電車もわずかに見える。
永平寺駅は2001年の列車事故の後運休となり、2002年廃止、2005年に解体されたそうな。Wikipediaには解体直前と思われる駅舎の写真があるけど、それと殆ど変わらない。田舎の駅は長持ちする。

JR富山港線時代の岩瀬浜駅、の駅看板。1997年。
下は人が写っているので切り取り。昔この近くにユースホステルがあったので行った。名前のとおりすぐ近くに浜があるのだけど、5月頃は浜一面にホタルイカの死骸が打ち上げられていたのを思い出す。あれって食べられたのかなぁ。駅近くの魚屋でも売ってたけど。

これが現在の駅舎、のはず。撮影は2011年。JRから富山ライトレールに移管されたけど、今年2020年に富山地方鉄道富山市内線と直通運転が開始されるのと合わせて同社に吸収合併されたそうな。
JR時代の駅舎は撤去され、路面電車の駅になっている。

手違いで駅看板の写真がない。これだけ。

これが富山ライトレール時代の車両。2011年。
社名が変わったから窓上に書かれている「TOYAMA LIGHT RAIL」は書き換えられているかもしれない。
駅前にはなにもないといえばなにもないけど、雰囲気は好きなのでまた行きたいなぁ。

・・・追加・・・
中央本線は上諏訪駅。昭和49年。
現在も駅舎はほぼこのままの形だけど、外装は改装されている。

駅名看板も今はこのままではない。これは国鉄時代のものなので貴重かも。
横に見える電気機関車はEF64-19。JRになった時JR貨物は塩尻機関区に配置されたが、現在は廃車になっている。なのでこの写真も貴重。横っ腹だけだけどね。

今は亡き鉄道(28)2020年09月15日 06時02分33秒

今度は立山アルペンルートの黒部ダム~扇沢間を走っていたトロリーバス。
1997年撮影。今ここは電気バスが走っているはず。
このルート行ったのはこのときだけ。また行きたいなぁ。

急行ちくま。立山アルペンルートの行った帰りに撮影。
かつて長野~大阪間を走っていた。この後電車化されたようだけど、現在はそれも廃止されている。駅で撮影したけど、多分乗ってないと思う。

富山地方鉄道立山駅引き込み線に止まる、アルペン号。旧西武レッドアロー号。
西武時代は5000系、こちらでは16010形。西武では1995年廃車なのでその後すぐにこちらに来たと言える。
立山アルペンルートの行きに撮影。富山地方鉄道は全国の大手私鉄の廃車を導入するので前に紹介の旧京阪3000系の他にもこのような列車が存在する。西武は狭軌1067mmなので台車もそのまま使えるはずだけど、西武内で流用するため履き替えているみたい。京阪は標準軌1435mmだから履き替えたはず。
この車両は2011年に大幅改造されて観光列車になっているそうな。正確にはこの系列は2編成あって1編成だけ改造されたこの写真のがどちらかは不明。観光列車化されなかった方は2両編成になったようなので、3両編成のこの写真は貴重と言える。今度行くことがあれば乗ってみたいなぁ。

今は亡き鉄道(27)2020年09月14日 07時00分32秒

また古い写真が出てきたので紹介。

特急白鳥。写真が小さくて見えにくい(だから気が付かなかった)けど、ヘッドマークをよく見ると白鳥と書いてある。
大阪~青森間を日本海側で走っていた。最初の頃は停車駅が少なく柏崎には止まらない為乗る機会はなかったのだが、末期には止まるようになったので乗れた。設備とかは同じ485系の北越と変わらなかったけど。そのあと大阪~青森間はこの昼間特急白鳥、夜行日本海ともに廃止されてしまった。その後走り始めたのが前に紹介した「トワイライトエクスプレス」。

こちらは富山県は宇奈月温泉から欅平間を走る黒部峡谷鉄道。1993年。
後にも先にも乗ったのはこの時一度きりなのだが、この年は雪が多くて終着の欅平までは行けず途中駅で折り返した。駅で降りることも出来なかったので本当に行って帰るだけだったのが残念。なぜか途中の車窓からの写真が1枚もないのだが、非常に狭いトンネルの中を走るため、窓からカメラ出してたらレンズぶち当てて破壊すること必至だと思った記憶がある。非常に迫力ある。

この電気機関車はEDM26。
現在この形式は改修されすべてEDR型となっているらしい。故にこの形式でのこの車両は今は存在しない。
また乗りに行きたいなぁ。今年はもうすぐシーズンオフだから来年以降か。

今は亡き鉄道(26)2020年09月08日 06時29分30秒

思いっきり古い写真から1枚。昭和30年代前半だと思う。
山中駅」とある。

北陸鉄道に、今のJR大聖寺駅(石川県の一番福井寄りの駅)からこの山中駅まで結ぶ山中線というのがあったが、昭和46年に線もろともなくなっている。

どうも、当時金沢大学に居たうちの親に会いに祖父母が会いに行って、山中温泉に泊まった際に撮影したものらしい。

電話ボックスも写っているが、これも昔懐かしい形だ。少なくとも昭和40年代までは電話ボックスと言えばこの形だった。今のガラス張りのに変わったのはいつの頃だったか。

関西の都市部に住んでいると、駅名が変わったり駅が増えても減ると言うことは臨時駅以外ではほとんどないから今は無き駅の写真というのは珍しい。

実はこれ、水没したフィルムから救い出した1枚。一部に損傷があるとはいえ、取り出せて良かった。

ということで、このシリーズもまた終わり。

今は亡き鉄道(25)2020年09月07日 06時39分50秒

特急はつかり号。
1990年、多分青森駅にて。青森~上野間、いや、この時代はもう東北新幹線が盛岡まで来ていたので盛岡~青森、一部函館を走っていたか。
今は列車自体が存在しない。これも東北では歴史ある特急名だったんだけどなぁ。

打って変わってこちらは大糸線の列車。
3両で走っている。車両から見てひょっとすると急行かもしれない。3両目は普通車両だけど。年代は、遅くても昭和50年代のはず。今は3両編成の列車はないと思う。また、年代からして姫川の大氾濫で大糸線が掛け替えられる前だ。この橋も今は存在しないかもしれない。

飛騨金山駅で撮影された普通気動車。昭和40年後半。
看板の後ろになってしまい正面がはっきり見えないのが残念。これは祖父が撮影したもの。祖父母はよく旅行に行ってたようだが、写真はたくさん撮っているのに列車を撮影するという習慣がなかったので列車の写真はほとんどない。数少ない1枚。
この気動車車両は今はないと思う。

2005年、高岡駅で撮影した列車。
氷見線の列車かな。ぶりが見えるけど、実は忍者ハットリ君列車。今もあるらしい。「じゃあ、今は亡き」じゃないじゃん(^_^;)

今は亡き鉄道(24)2020年09月06日 06時40分10秒

JR北海道の特急北斗。1990年函館駅にて。
函館~札幌間を走る。現在も存在するが、この写真にあるN/NN183系ではなくキハ261系で運行されている。北海道新幹線が札幌まで延伸されたら廃止かな。

同じく無印183系の北斗(右)とトマムサホロエクスプレス(左)。
後者はいわゆるジョイフルトレインというやつだ。前富山駅で撮影したあれと同種。ジョイフルトレインなので不定期で行き先も都度違うんじゃないのかなぁ。そういう意味ではここで撮影できたのはラッキー。
車両はキハ80系をベースにしていると言うことなので古いが、使っているのは足回りだけで丈夫=車体は新造らしい。
2007年に廃止されている。

北海道に列車に行ったのは後にも先にもこの時一度きり。また行きたいけど、遠いなぁ。実は東京オリンピックのマラソンが札幌で開催と言うことで、親戚の家に泊めてもらえれば見に行こうかなあと思っていたのだけど、連絡する前に延期になった。来年はどうかな?

今は亡き鉄道(23)2020年09月05日 06時54分03秒

今度は、青函トンネルを走っていた快速海峡号。

東北1周旅行をしていた途中、前日に青森に泊まり、朝一の列車=海峡1号に乗って函館まで行き、五稜郭とか函館山行った後朝市で朝市ラーメン食べて帰った。大きなかにが入ったおいしいラーメンだったなぁ。写真はないのが残念。

車内にはこのような掲示板があって、今トンネルのどの位置を走っているか分るようになっていた。トンネル内だけでもどえらく長い時間走るので、このようなものでもないとちょっと不安になる。
確かトンネル内にはイルミネーションがある場所があったと思うのだけど。当時はフイルムカメラなので動画も撮れないし、一瞬だったので写真にも撮れなかった。

乗ったのは1990年。トンネル開通が1988年だから、割とすぐの頃だ。この海峡号は2002年に廃止されたらしい。また、この列車はJR最後の客車を使った普通列車だったそうな。

車内では乗車証明書を買うことが出来た。これも今はもう手に入らない。
オレンジカードは北斗星のだけどね。


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