10/01-20;うえの;料理9品目2011年11月11日 09時05分50秒

うえの;料理9品目
最後はデザート。

おいしい食事を堪能した。

各料理がおいしいのは書いたとおりだが、とにかくゆっくりしたペースで出てくるので、ゆっくり味わえるし消化できるので、途中で「苦しい」(^_^;)となることがなかった。
おいしいものはゆっくり食べるべきである。

と言うことで、大満足な食事であった。
お値段の方は不明。今回は招待される側だったので。
お安くはないと思うけど。

10/01-21;隣は何をする人ぞ2011年11月12日 11時05分33秒

隣の店
と言うことで、非常に堪能した「うえの」であったが、
実は隣も料理を出している店である。

いや正確には、日頃は休憩所だけどこの時は料理も出していた。
「河床」を作って、料理の提供をしていた。

写真がぼけているのではっきり読めないが、期間限定だったはず。

今日は当然入ることはないが、また機会があれば入ってもいいかもしれない。特に紅葉の時期は良いと思う。

というところで、10/1シリーズ終わり。

ひなたぼっこウサギ2011年11月13日 12時59分30秒

ひなたぼっこウサギ
ひなたぼっこしているウサギ。

残念なことに、明暗の差が大きいので、黒の部分が潰れてしまっている。
このあたりがデジカメの弱さ。
特にこれを撮影したMinolta DiMAGE-Z1は
CCDのダイナミックレンジが狭いのか白飛び・黒つぶれが激しい。

最近の機種ではどうだろうか。2枚の画像を合成してダイナミックレンジを広げるHDR機能搭載機種ならいざ知らず、普通のデジカメで。

当面買い換えることは出来ないけどね。

はなむぐり2011年11月14日 10時13分24秒

はなむぐり
フジバカマの花に潜るはなむぐり。

本当に久しぶりに見た。
フジバカマそのものも絶滅危惧種だけど、養殖(?)されていてこのように咲いている場所もあるのだけど、虫はそうもいかないので本当に貴重だ。

昔は花が咲いていればどこにでも居たんだけどねぇ。

地球の友達が減らないように。

飛び立つ鳩2011年11月15日 10時05分18秒

飛び立つ鳩
鳩が飛び立つ一瞬をとらえた写真。

水場で遊ぶ鳩を狙ってて偶然撮れた。

動きのある写真は難しいけど、やっぱり良いと思う。
写真も勉強していかないとね。

京都御所 秋の一般公開2011(1)2011年11月16日 09時46分00秒

御車寄
先日あった京都御所 秋の一般公開の時に撮った写真をいくつか。

入場は御所西側の宣秋門(ぎしゅうもん)から。
そこから直ぐにあるのが「御車寄」。
簡単に言えば玄関。

「昇殿を許された者が正式に参内するときの玄関」だそうな。

今でもVIPが来たときなんかにはここから上げるのだろうか。

あぁ、皇族の方が京都に来たときは京都御所には泊まられないので、
ここも使わないはず。どこに泊まられているかは、当然秘密。

養父-12011年11月18日 09時24分58秒

養父神社-1
平日1日休みを作って兵庫県は養父(やぶ)市まで行ってきた。

実は主目的は「食事」なんだけど、京都よりだいぶ北なので、
一足早い紅葉も期待していた。

Eclipseナビ(富士通TEN製)の、バグとしか思えない腐れナビゲーションのせいで大幅に遠回りをさせられた(このあたりの話はHPにて)が、何とかたどり着いたのが、この養父神社。
そして最初に目にしたのがこの紅葉。

日に映えて実に美しい。

「これは養父での紅葉狩りは期待以上かも」と、ここでは思った。
それが本当のところどうであったかは、次回以降にて。

京都御所 秋の一般公開2011(2)2011年11月20日 10時37分54秒

諸大夫の間
諸大夫(しょだいぶ)の間。

正式に参内した者の控えの間らしい。
身分別で、部屋のふすまの絵にちなんで「虎の間」「鶴の間」「桜の間」
と呼ばれるらしい。写真では下から上の順。

大望遠がなかったからあまりきれいには撮れなかった。
いや、あってもこの明暗差では難しいかもしれないけど。

京都御所 秋の一般公開2011(3)2011年11月21日 11時17分19秒

五節の舞姫
これは舞の舞台。
説明書きには「五節の舞姫」(ごせちのまいひめ)とある。

平安時代を舞台にした話を読んでいると時々名前が出てくるので、
私も知っていたが、こういう舞台上で踊られるというのは今回初めて知った。

一般公開中に、実際に踊ってくれるとさらに良かったと思ったり。

京都御所 秋の一般公開2011(4)2011年11月22日 10時08分53秒

これは月華門。
紫宸殿の西南にある。

内側には南庭と呼ばれる部分の白州が見える。
こういうのを見ると、「平安の建物」という感じがする。

ではあるが、今の京都御所は、平安京に最初に作られた位置とは異なる。歴史地図を見ると解る。

皇宮が何らかの原因で使えなくなったときに、天皇もしくは皇宮の里の屋敷の借りの皇居とする「里内裏」の1つが発展したものであるらしい。
ここは「土御門東洞院殿」(つちみかどひがしとういん)という里内裏が元である(土御門は横の通り、東洞院は縦の通り)。

里内裏といえどもこれだけの広さがあり、昔のこのあたりにはこういう屋敷がたくさんあったと言うことは、うちも昔はどえらい屋敷の敷地内だったのではないかと思われる。

よし、庭を掘れ!(^_^;)
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